東京大学 東洋文化研究所 佐藤仁研究室

SATO Jin Lab.

Institute for Advanced Studies on Asia, University of Tokyo

開発協力のつくられ方―自立と依存の生態史

東京大学出版会

佐藤仁[著]

刊行年月 2021.5.27
ページ数 352ページ
ISBN 978-4-13-034326-8

書評&紹介

2022年10月 トヨタ財団ウェブサイト永井陽右氏(NPO法人アクセプト・インターナショナル)
2021年12月    国際開発研究』竹原憲雄氏(元桃山学院大学)  
2021年  9月 国際開発ジャーナル』荒木光弥氏(国際開発ジャーナル社編集主幹)
2021年  8月7日付 日経新聞

開発協力のつくられ方

自立と依存の生態史

 開発協力を振り返る研究は、開発協力は「〇〇の役に立ったのか?」という問いかけから始まるのが典型的です。開発協力によって貧困は軽減したのか、識字率は向上したのか、農業生産性は上がったのか、などなど。こうした問い方は、何らかの実践的な教訓を引き出すためには有用かもしれません。しかし、〇〇が問題であるという前提で、その解決手段に議論が集中してしまうと、そもそも〇〇が問題になった経緯や「解決」が生み出した広い影響が見えなくなります。
 本書では、従来とは全く違った問い方で開発協力の歴史を描きました。それは開発協力が「何をしてきたのか」という問いです。開発協力は、計画書の「目的」に書かれている内容に役立ったかどうかを超える部分に、その重要な影響があります。貧困削減に役立たないと批判されるような援助でも継続されるのは、まさに援助が貧困削減以外に何か他のことを「している」からと考えるべきでしょう。この視点を取り入れたとき、「自立」を目指して行われてきた開発協力が、実は別の次元で、様々なアクターの間に「依存関係」をつくり出している様子が見えてきます。私が本書の副題に「生態史」といれたのは、こうした関係性の長期的な変化が、あたかも生物の進化と似ていると考えたからです。
 実施機関や計画者の意図を超えて生じる影響は、日本から遠く離れた途上国の現場で主に発現するため、ほとんど感じることができません。しかも、大規模インフラ支援などの場合、影響をしっかりと確認できるのはプロジェクトが終了して数十年後になることもあります。本書では、戦後の日本の開発協力の歴史の中で、その後の開発協力の路線を定める転換点となったような出来事に注目し、一つの出来事が次の出来事を呼び込む歴史的なつらなりを自分なりに再構築する努力をしてみました。特にオリジナルだと自負しているのは、1980年代に日本で巻き起こった「ODA批判」を契機に、「生活破壊」、「公害輸出」、「汚職の温床」などと手厳しい批判を受けた案件の「その後」を現地調査したところです。詳細は本書に譲りますが、面白いことに、多くの「問題案件」は優良案件に化けていました。
 日本の開発協力の歴史を通して分かるのは、多くの営みが意図や計画よりも、「そうせざるをえない」圧力に注目することで、より効果的に説明できるということです。この「圧力」の中身は時代によって異なります。ある時期は米国からの外圧であり、またある時期は国内の民間企業やNGOなどの市民団体でした。このように考えると、開発協力は、中央政府の官僚がつくってきたのではなく、いろいろなアクターの相互作用の結果として「つくられて」きたと言えます。それは、これまで主流だった意図や計画によって未来を操作しようとする発想への挑戦になります。この挑戦がどこまで成功しているか、そして、この挑戦が次の開発協力をよりよいものにするためにどのようなアイデアをもたらすのか。答えはぜひ本書をご覧ください。

はじめに
序 章 開発協力を引き出す力
   第1節 開発協力の不思議
   第2節   自立に向かう依存
   第3節 本書に通底する方法
   第4節 開発と進歩
   第5節   本書の構成
第1部 走り出す経済協力――1954-65年前後
第1章 自立の夜明け――戦後日本を東南アジアに押し出した力
   第1節 自立のための経済協力
   第2節 開発協力の水脈
   第3節   経済協力推進体制の形成
   第4節 一元化の夢と挫折
         第5節   民間主導の経済協力
         第6節   経済協力を押し出した米国と日本企業
第2章 開発の東南アジア――援助の受け入れ体制はどうつくられたのか
         第1節 援助受け入れ体制への着目
   第2節 フィリピン――米国の介入体制
   第3節 インドネシア――自力更生と援助依存
   第4節 タイ――西欧式開発計画の導入
   第5節 「受け入れ体制」をつくらせた力――3カ国の比較
         第6節 受け入れ体制の外発的な構築
第2部 経済協力から開発援助へーー1966年-89年前後
第4章 後発援助国への圧力――日本はなぜ「援助大国」になれたのか
         第1節 援助予算の急増を問う
   第2節 DACと米国――援助の量・質に対する圧力
   第3節 国内の利害構造――援助行政と民間企業
   第4節 地域研究者――国策との距離
   第5節 受け身の攻め
   第6節 援助の拡大を促した外圧,国内利害,地域研究者
第5章 権威主義体制の援助吸収――援助は東南アジア諸国家に何をしてきたのか
         第1節 東南アジアの開発主義――援助は開発国家にとって何だったのか?
         第2節 マルコスのフィリピン
         第3節 スハルトのインドネシア
         第4節 プレーム‐タノムのタイ
         第5節 援助が仲介する国家と社会の関係
         第6節 国の自立と国民の孤立
第6章 続出するODA批判――「問題案件」はなぜある時期に集中したのか
   第1節 「問題案件」を問い直す
   第2節 過熱するODA批判
   第3節 批判の声の具体例
   第4節 批判の類型と担い手
   第5節 情報の依存先と説明責任への圧力
第3部 開発援助から開発協力へ――1990年代から現在
第7章 開発協力と「人間」の発見――日本のODAは人間をどのように見てきたか
         第1節 見えない援助理念
         第2節 援助理念の源流と日本的変容
         第3節 理念と実践――人間の安全保障と緒方改革
         第4節 何のための「人づくり」か――個人と集団
         第5節 日本式集団主義の可能性
第8章 塗り替わる援助地図――新興ドナーは伝統ドナーに置きかわるか
   第1節 カンボジアの道路網は誰がつくっているか
   第2節 ドナー化するアジア
   第3節 インドネシア――南南協力の盟主
   第4節 タイ――借款へと拡張する次世代ドナー
   第5節 多様化する新興ドナーと日本
         第6節 競争から依存関係へ
第9章 「問題案件」のその後――軌道の変化をもたらしたのは何か
   第1節 長い学びと案件の熟成
   第2節 現地調査の方法
   第3節 30年後の現場を歩く――現地で驚いたこと
   第4節 変化の説明――何が軌道修正の圧力となったのか
         第5節 「成功」と「失敗」のはざま
         第6節 依存の向きを問う
終章 開発協力が促す力
         第1節 開発協力が働き続ける条件
   第2節 前提条件に何を見るか――自立を支える依存
   第3節 開発協力は何を促すか
   第4節 むすび――依存の肯定からはじまる新たな開発協力
 
   あとがき
   参考文献
         叢書の構想
         索引