東京大学 東洋文化研究所 佐藤仁研究室

SATO Jin Lab.

Institute for Advanced Studies on Asia, University of Tokyo

反転する環境国家

「持続可能性」の罠をこえて

名古屋大学出版会

佐藤 仁 [著]

刊行年月 2019.6.7
ページ数 366ページ
ISBN 978-4-8158-0949-2

書評&紹介

2023年7月号 『東南アジア研究』柳澤雅之氏(京都大学)による書評論文
2020年10月号 『アジア研究』 森下明子氏(立命館大学)による書評
2020年9月号 『アジア経済』 金沢謙太郎氏(信州大学)による書評
2020年第20-1号 『アジア・アフリカ研究』 生方史数氏(岡山大学)による書評
2019年11月号 『国際開発研究』 森晶寿氏(京都大学)による書評
2019年11月2日付 図書新聞

著者による紹介

大学院時代にタイの奥地でフィールドワークをしているときに、先進諸国や後発諸国の都市部では明らかに「良いこと」とされる熱帯林保護政策が、地元住民を苦しめている様子を目撃しました。国家による森林の囲い込みによって、農民の生活範囲と使える資源が大きく制約されていたのです。それでも森林減少は止まらず、政府の森林局がますます強大化していることも不思議に思えました。本書は20年以上前に抱いたモヤモヤ感を、長い時間を経てようやく言葉にしてみたものです。

後発諸国は立派な環境保護の制度をもっているのに、なぜ実効性が伴わないのか。国家による環境政策は、(環境そのものではなく)人間社会に何をもたらしているのか。環境にやさしいはずの政策が、いつしか反転して地域住民を苦しめることがあるのはなぜなのか。これらの問いに、インドネシアの灌漑用水、タイの共有林、カンボジアの漁業資源など、現場の事例から答えていきます。権限の集中化した開発国家が環境政策を強く打ち出すようになる過程に問題があるというのが本書の見立てです。

本書では、現状分析にとどまらず、「どうすればよいかのか」という政策論にも積極的に踏み込みます。とくに終戦後から高度経済成長に至る過程で生み出された日本産のアイディア―公害原論、文明の生態史観、資源論―に注目して、「反転」を食い止めるためのヒントを探ります。

本書は、私にとって資源論(『持たざる国の資源論』(東京大学出版会、2011年)、開発論(『野蛮から生存の開発論』(ミネルヴァ書房、2016年)に続く「環境論」の総括になります。いわゆる「環境本」に飽きた方、いま流行りのSDGsはどこか違うな、と思っておられる皆様に、ぜひ本書を手にとっていただければと思います。 なお、本書は平成31年(令和元年)度科学研究費補助金研究成果公開促進費(学術図書)の支援を受けて出版されていることを、ここに謝して記します。

新世代アジア研究部門 佐藤仁

目次

まえがき
序 章 環境国家の到来
   1 21世紀の「宣教師」
   2 「反転する環境国家」とは何か
   3 連鎖する反転
   4 反転をくい止める力
第Ⅰ部 環境国家をどう見るか
第1章 「問題」のフレーミング—— 環境国家の論理基盤
   1 マレーシアの森を壊したのは誰か?
   2 ヒマラヤの森林にひそむ不確実性
   3 フレーミングの基本パターン —— 境界線の綱引き
   4 フレーミングと環境国家
第2章 環境を介した人間の支配—— 環境国家のメカニズム
   1 環境国家による色づけ
   2 国家による統治領域の拡張
   3 「人間支配」のメカニズム
   4 支配を媒介する自然環境
第3章 包摂と排除—— 初期環境国家の形成過程
   1 環境国家のはじまり
   2 なぜ日本とシャムを較べるのか
   3 日本における包摂的な集権化
   4 シャムにおける排他的な集権化
   5 シャムと日本の比較 —— 変わる国家・社会関係
   6 包摂と排除を分けたもの
第Ⅱ部 環境国家とアジアの人々
第4章 維持への力—— インドネシアの灌漑施設と地域社会
   1 維持への強制が呼び込む「反転」
   2 熱帯アジアの灌漑事業
   3 国家権力の諸側面
   4 国家関与の諸次元
   5 地域に迎え入れられる権力
第5章 備える力—— タイにおける共有地と自然災害
   1 共有地という備え
   2 タイの土地問題
   3 津波被災と反転する災害支援
   4 国家をかわす
   5 先見的国家に備える
第6章 手放す力—— カンボジアの漁業と利権放棄
   1 動き回る資源の囲い込み
   2 カンボジアにおける漁業と政治
   3 政府はなぜ漁区を手放したのか
   4 反転する「地域への権限委譲」
第Ⅲ部 反転をくい止める日本の知
第7章 文明の生態史観—— 京都学派と「下からの」環境国家論
   1 京都学派と「下からの」国家論
   2 生態学的脱国家論
   3 国家が嫌う人々、国家を嫌う人々 —— スコットのゾミア論
   4 東西の脱国家論比較 —— スコットと京都学派の共鳴
   5 環境国家論との関係
第8章 公害原論—— 被害に寄りそう認識論
   1 公害原論とは何だったのか
   2 環境国家と特権化される知
   3 忘却と暗黙知の回復
   4 公害原論の教訓
第9章 資源論—— 縦割りをこえた「総合」論
   1 「何もしない」という反転
   2 アッカーマンの挑戦
   3 縦割りへの挑戦 —— 資源委員会
   4 現代環境国家への教訓
終 章 反転をほどく
   1 再びラオスの村を考える
   2 問題をつくらないために
   3 環境ガバナンス論の限界
   4 「良い依存関係」へ
   5 想定される反論
   6 手段と目的をつなぐ依存構造の解明
あとがき
参考文献
図表一覧
索 引