東京大学 東洋文化研究所 佐藤仁研究室

SATO Jin Lab.

Institute for Advanced Studies on Asia, University of Tokyo

ゾミア-脱国家の世界史

みすず書房

ジェームズ・C・スコット [著]
佐藤 仁 [監訳]

刊行年月 2013.10.3
ページ数 464ページ
ISBN 978-4622077831

監訳者からの紹介

 「ゾミア」と聞いて何のことだかわかる人はほとんどいないだろう。ゾミアとは、ベトナム中央高原からインドの東北部にかけて広がり、ベトナム、カンボジア、ラオス、タイ、ビルマと中国の南部四省を含む広大な丘陵地帯を指す。平面図で描かれる国境ではなく、標高を基準にした「垂直の」空間分類である。

この空間には、その標高に応じてリスやアカ、カレンといった多種多様な山地民が生活してきたが、彼らの多くは文字をもたないことや定住農業を営まないために、しばしば「原始的」のレッテルを貼られて、平地の文明から立ち遅れた存在として扱われることが多かった。しかし、本書でJ.スコットは、山の民が文字もたないこと、焼畑移動耕作を営むことなど、かつての「野蛮さ」の象徴は、実は平地国家による徴税や徴兵をかわす見事な戦略になっていると主張した。彼らの生活は平地文明と表裏一体をなしながら独自の進化をとげてきたというのである。狩猟採集民が地中に根菜類を植えて主食とするのも、地表の穀物は収奪の対象になりやすいからだ。国家をかわすだけではない。山の民は、必要に応じて平地国家と交易関係を結び、国家との間に適度な距離を調節してきた。

スコットの主張は挑発的でラディカルだが、平地で書き残された「歴史」に頼り切ってきた私たちを立ち止まらせて、考えさせる。国家の統治から逃れることで出来上がった社会は、東南アジア以外でも世界のあちこちに存在する。日本にも、かつては政治の圏外から山に逃れる人々がいた。山の民の多くは、もともとは平地から逃れていった人々であった。

私たちにとって今や自然の存在となった「国家」とは、いかにして作られているのか。口承伝統にもとづき家系すらしたたかに作り変えてしまう山の民の戦略を知ることも面白いが、国家の言説に頼らない「逆転の世界史」を描きだす方法論としても、本書を楽しんでいただけるのではないかと思う。

訳者を代表して 佐藤仁

目次

はじめに
I:山地、盆地、国家――ゾミア序論 周縁の世界/最後の囲い込み運動/臣民を作りだす/「ゾミア」――偉大な山の王国、もしくはアジア大陸部の跨境域/避難地帯/山地と平地の共生史/東南アジア大陸部のアナーキズム史観に向けて/政治秩序の基本単位
II:国家空間――統治と収奪の領域 国家空間の地理学と地勢の抵抗/東南アジアにおける国家空間のマッピング
III:労働力と穀物の集積――農奴と灌漑稲作 人口吸引装置としての国家/国家景観と臣民の形成/「読みにくい」農業の撲滅/多様性のなかの統一――クレオールセンター/人口支配の技術/奴隷制/財政面の把握しやすさ/自壊する国家空間
IV:文明とならず者 平地国家と山地民――双子の影/野蛮人への経済的な需要/創られた野蛮人/借り物の装飾品をとりこむ/文明化という使命/規範としての文明/国家を去り、野蛮人のほうへ
V:国家との距離をとる――山地に移り住む 他の避難地域/ゾミアに移り住む――長い歩み/避難の遍在とその原因/課税と賦役/戦争と反乱/略奪と奴隷売買/山地へ向かう反逆者と分派/国家空間における過密、健康、生態環境/穀物生産に逆らうように/距離という障壁――国家と文化/乾燥地の小ゾミア、湿地の小ゾミア/野蛮人のほうへ/アイデンティティとしての自律、国家をかわす人々
VI:国家をかわし、国家を阻む――逃避の文化と農業 ある極端な事例――カレンの「避難村」/なにより場所、つぎに移動性/逃避農業/新大陸の視点/「逃避型農業」としての移動耕作/逃避農業としての作物選択/東南アジアの逃避焼畑/東南アジアの逃避作物/トウモロコシ/キャッサバ/逃避の社会構造/「部族性」/国家らしさと永続的上下関係の回避/国家の影で、山地の影で
VI+1/2:口承、筆記、文書 筆記の口承史/読み書きの偏狭性と文字喪失の前例/筆記の欠点と口承の利点/歴史をもたないことの利点
VII:民族創造――ラディカルな構築主義的見解 部族と民族性の矛盾/他民族を吸収して国家を作る/低地をならす/いくつものアイデンティティ/ラディカルな構築主義/部族を作りだす/家系の体面を保つ/立ち位置/平等主義――国家の発生を防ぐ
VIII:再生の預言者たち 生まれつきの預言者、反乱者/フモン/カレン/ラフ/周縁と疎外の弁神論/無数の預言者たち/「遅かれ早かれ」/高地における預言運動/対話、模倣、つながり/臨機応変――究極の逃避型社会構造/民族合作の宇宙論/キリスト教――隔たりと近代化のための資源
IX:結論 国家をかわし、国家を阻む――グローバル-ローカル/撤退の諸段階と適応/文明への不満分子
用語解説
小さき民に学ぶ意味――あとがきに代えて:佐藤仁
原注
索引