「現地調査なしで、どのように論文を書けばよいのか」。これはコロナ禍が本格化し、海外渡航が難しくなってから学生たちが私に寄せた切実な問いであった。いわゆる途上国研究においてフィールドワークの実施は研究活動の大前提であったからだ。
しかし、海外のフィールドに容易にいかれなくなった昨今、冷静に考えてみると、私自身を含む「フィールドワーカー」と呼ばれる人たちは、いわゆる現場主義に陥っていたのではないかと反省する。つまり、現地で見たことを過度に重視し、そこから一般化しようとする傾向が強すぎたのではないかという反省である。現地にいっていない人を格下に見るという態度も同類の発想である。そもそも、どの現地に足を運ぶかは、事前の座学と想像力が決めている。また、現地でみたことが、どれだけの一般性をもつか、という点でも想像力の働きが決定的だ。
そこで、現地に行かれないことを逆手にとって、想像力の役割を正面から考察したいと思ったのが、本書を書かせた動機付けである。国際協力において、協力の「送り手」と「受け手」が描くイメージがなぜ、どのように現場と乖離し、それが国際協力や開発をどのように方向づけるのか。10人の著者が8つの国のケースから考察し、その乖離を越えるカギとして「想像力」を取り上げた。国際協力の想像力を育むには「原っぱ」が必要であり、そこでの自由な発想を受け入れられる寛容な社会を作っていかなければならない。
企画当初のタイトルは『開発プロパガンダ』だったが、議論の中でプロパガンダという「操作」ではなく、私たちの先入観や思いこみに目が向くようになり、「想像力」に着地した。調査と執筆の途上で生じた、アフガニスタンの中村哲医師の死、トランプ政権によるイランへの制裁強化、そしてコロナ禍が、本書の内容を少しずつ変化させていった。
目次は以下の通りである。本書が読者の想像力を刺激する何かを含んでいれば編者の一人として、これ以上、幸せなことはない。
佐藤 仁